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広島大学における人力飛行機設計・製作活動広島大学大学院工学研究科 岩下英嗣
人力ボートの設計・製作活動今から 10 年前の 1994 年,茂里先生の呼びかけによって 6 名の学生有志が集まり人力ボートの設計・製作活動が開始された。自分たちで人力ボートを設計・製作して第一回浜名湖ソーラー & 人力ボートレース全日本選手権大会へ参加するのが目的であった。もともと夢の船コンテストへ広島大学から出場していないのはさみしい,という卒業生の声を受けて茂里先生が学生有志を募ったことから始まったものであったが,実際にやってみると,その教育的な効果が非常に高いことが分かり,以後,座学では学べない設計・製作・評価・プロジェクトマネージメントなどを培うための教育的な目的で継続されることになる。幸いにして当チームは初年度が人力ボートの部の学生部門準優勝,1995 年から出場最終年となる 2001 年までは 7 年連続学生部門優勝という優秀な成績を収めることができ,毎年入れ替わる製作スタッフのモチベーションも連続優勝維持という高いところで維持することができた。製作してきた艇は水中翼艇で,学生チームの中でスイスイと翼走できる艇は当時うちのチームだけであった。現在広島大学で行っている人力飛行機の設計・製作活動はこの人力ボート設計・製作の延長線上にある。 人力飛行機の設計・製作活動へこれまで人力ボートの設計・製作活動を通じて培ってきた技術を飛行機の舞台で試してみよう,ということになり 2000 年にその準備が始まった。両者は共に翼を利用する乗り物ということでは共通しているが,その製作費となると雲泥の差がある。ボートは 50 万円もあれば十分に一艇製作できるが,飛行機の場合 300 万円程度の製作費が必要となる。したがって失敗が許されず,失敗しないためには入念な設計が必要となるわけである。2000 年,2001 年の 2 年をかけて,卒業研究レベルで空力設計および構造解析等の設計ツールの開発,また水槽試験による翼間干渉試験やプロペラ性能試験等を行い基礎データの構築を図ってきた。ボートの方は 2001 年大会の 7 年連続学生部門総合優勝後,韓国の人力ボート大会へ招待され,それを期に活動を終了することにした。 2002 年 3 月末,双胴双発機という他に例をみない機体形状で第 26 回鳥人間コンテストの書類審査に応募したところ,ボートから飛行機への転進というチームカラーもあいまって,競争率 2 倍と言われる書類選考に合格することができた。製作スタッフは全学から募集し 40 名強を集めることができた。製作費は大学から支出して頂けることになり,発注した材料が揃った 6 月中旬から,7 月最後の土日の大会を目指してわずか 1.5ヶ月の本格的な製作が始まることになる。この短い製作時間も他に例がないようで,1.5ヶ月で完成させたことに他大学のチームは非常に驚いていた。人力ボートでの技術構築があればこそできたに違いない。と言えば聞こえは良いが,最後の 2 週間は不慣れな試験飛行時の損傷修復もあり,ほとんど不眠不休に近い作業でどうにか大会へ間に合わせることができたという状況であった。その大会では,プラットフォーム上で発進時に右プロペラ地面に当てて破損させ,16m という残念な記録に終った。作業全体の進め方,機体搬入,現地での組み立て作業,プラットフォーム上での発進態勢などなど多くの飛行機の大会ならではの経験に基づくノウハウがあり,それらの不足を思い知った大会であった。しかし,宣伝効果という別な面から見るとこの年の出場は有意義であり,前取材も入った上,実際にオンエアー時には飛行機の製作風景や人力ボートの試走の模様を含めて約 1 分間紹介されている。 2003 年は,初年の多くのノウハウを生かし,機体も大幅改良して参加した。結果,機体の製作方法の抜本的見直し等が功を奏し,機体重量も軽く,推進効率も向上したものが出来上がった。プラットフォームからの発進もうまく行き,68m の飛行記録を残している。構造上飛行時にコクピット部が垂れるという問題があり,この問題を解決すべく引き続き 2004 年機の設計に入ることになる。 2004 年は,過去 2 年間に一区切りを付ける重要な年となった。機体を双胴から単胴へと変更し,単胴双発型とした。大幅な重量軽減も行い好成績が期待されたが,大会当日の台風の影響で,プラットフォーム上で 7.5m/s もの追い風に煽られて機体を破損し,飛行できずに終わってしまった。大会自体も当チームの飛行後中止となり,プロペラ機部門大会不成立,(悪天下どうにか飛行したチームの記録も含めて) 記録抹消という結末であった。 これまで 3 年間という時間と 1 千万円以上の製作費を費やして人力飛行機の設計・製作を行ってきたが,その成果の評価は人により分かれるところであろう。航空力学など学問的な視点で見れば,活動により新しい何かが発見されたわけでもなく,恐らく資金を投入すれば今日いくらでも性能の良いものが作れるであろうから,本来大学でやるようなテーマではないという指摘もあろう。実際に設計ツールは既存のものであって,設計に関して一編の学術論文が書けるわけでもない。片や大学のアクティビティーの宣伝という視点から見れば,TV 放映における初年の露出時間が 1 分,2 年目 10 秒,3 年目 0 秒である。全国ネットでのコマーシャル費から推測すれば十分に元は取っているものと思われる。こうした色々な見方があると思われるが,そんな中,我々は人力ボートから人力飛行機に至る一連の活動に対して,常に「工学教育の一環」という意義を置きその可能性を見つめて来た。この視点に立てば,活動は大いに効果的であるし,成功していると自賛できるものがある。果たして参加した学生諸君が卒業後,各自の仕事の中でこの経験を如何なるシーンで,いかにして生かしてくれるか,そこに真の評価があるのではなかろうか。 関連リンク |
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