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クルーズ雑感

正員 秀徳好治

この 10 年間,船旅愛好者にとり,クルーズは次第に身近なものになってきました。皆様の中にも,幾度もクルーズを経験された方やこれからと思われている方も多いのではないかと思います。私共もちょっとしたきっかけで,クルーズライフをエンジョイする幸運に恵まれました。今回,一技術者の目を通して感じたクルーズ観を簡単に述べさせて頂きたいと思います。

まず,私共夫婦のクルーズの原点は,丁度 10 年前の 60 歳の定年に到達した年でした。戦後の高度成長期に造船業へ身を投じ,先進国に追いつけ追い越せという風土の中で,同世代の会社員はまっしぐらに働いてきました。そしていよいよ定年を前に,我が半生を振り返りながら「ご褒美として神様も許して下さるかも」という思いと,また,「苦労をかけ続けた伴侶にも,職業とした船がどんなものかを見せることで,それにいささかなりとも報いたい」という殊勝な気持ちがきっかけとなったのでした。ただ常日頃から,いつかは「世界最高級客船でカリブ海を」という淡い夢を持っていましたので,当時世界 No.1 と評価の高かった "ロイヤルバイキングサン" に,キャンセル待ちしてやっと年末から新年にかけて2週間乗船出来たことを今懐かしく思い出しています。念願の夢がやっと叶い,初めて乗船者の立場で,クルーズライフの安らぎ,食事・イベントの楽しさ,それに素晴らしい出会い等を体験しました。

それ以来,幾度か積み重ねながら 10 年の節目を迎え今日に至っています。その間,たくさんの出会い (人,歴史,景観,文明,時) にも恵まれ,「旅することは生きること」と看破したアンデルセンの言葉を実感しました。以下に,特に印象深い出会いをご紹介させて頂きます。

  • 92 歳と 85 歳の老夫婦との出会い

    ご主人は奥様が喜寿 (77 歳) の時に 77 回目の海外旅行 (陸) をして,打ち止めにすると決めていたという事だった。しかしながら,それ以降も高齢者の体にとって負担の小さなクルーズに切り替えて,仲良く楽しんでおられた。ご主人は太平洋戦争で 3 回ほど瀕死の渕を彷徨われ,いつお迎えが来てもいいと達観されていたが,クルーズを続けることで目標ができ,お二人とも健康も維持できているというお話だった。たまたま,このような人生の達人に巡り合い,大きなエネルギーを頂くと同時に,是非あやかりたいものだと思った。  

  • クイーンメリー 2 世号との出会い
    クイーンメリー 2
    クイーンメリー 2
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    ハンブルクでのクイーンメリー 2 歓迎の様子
    ハンブルクでのクイーンメリー 2
    歓迎の様子
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    結婚 40 周年記念の昨年 7 月,2 年越しの念願であったクイーンメリー 2 の北欧クルーズに乗船。その中で,特に,ハンブルクにおける歓迎の 100 余隻のヨット・モーターボート,見物人を満載した観覧船,また,エルベ川両岸に延々と幾重にも続いた人々の熱烈歓迎 (地元新聞で約 40 万人の観客と報道された) には大きな驚きと感動を覚えた。そこには,歓呼に応える乗船客との間に,民族・文化・歴史・国境を越えて醸成された一体感が生まれていた。そして,恐らくもう二度と体験できないであろう何物にも代え難い光景を,そっと心にしまっていたい気持ちと同時に,あらためて造船屋として過ごせた幸せな日々がふつふつと蘇ってきた。

  • 車椅子の老夫婦 (アメリカ人) との出会い

    白髪に可愛いリボンで結んだ老妻の車椅子を押している老夫。本当に微笑ましい風景だった。「車椅子に乗ってでも船旅をしたい。」クルーズにはそんな魅力があるのだと納得した瞬間でもあった。そして,高級客船になれば乗船客の平均年齢は 70 歳前後であり,そんなに乗り急ぐこともないし,楽しみはまだまだ続くのだということも。

  • パナマ運河 (人間の英知)・アラスカ氷河・フィヨルド (大自然)・ドブロニク (世界遺産) 等との出会い

    在職中,パナマ運河規則については大いに勉強したものだが,「これがあのパナマ運河だ!」と通過しながら感慨にふけり,壮大なカレッジ氷河 (アラスカ) など 5 月下旬の寒さの中でもその感動に寒さを忘れ,グリークが愛したノルウェイのフィヨルドではその静かさに,ドブロニグ (クロアチア) の城塞都市では歩きながら昔を偲び,快晴に恵まれたサントリーニ島から眺めた夕日に我を忘れた。

    ミレニアムの夜明け
    ミレニアムの夜明け
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  • ミレニアムの夜明け

    世界で最初にミレニアム初日の出を見ようというオセアニア "ミレニアムクルーズ" では,ニュージーランド東方の日付変更線の海域で,同乗した 1,000 余名の皆さんと共に感動的な夜明けを迎えた。そして,日付変更線を越えて,1999 年の最後の日没も。この歴史的な一瞬を共有して歓びあう乗船者の顔・顔・顔が…。

ゆっくりした時間の流れに浸りながら (陸上ツアーと異なりホテルが動く),人生経験豊かな皆さんと連夜テーブルを囲んでの千夜一夜物語は新しい人間関係を築き,人生をよりエンジョイする機会を得ることができたような感じがしています。ご縁あって知り合った皆さんとは,情報交換を含め,その後も交流を続けさせてもらっています。当初は会社人間から脱皮できず,時間の半分くらいは船内探索という部分に費やした時期もありましたが,最近やっとこの呪縛から開放され,気の合った乗船客やスタッフの皆さんと,悠々スローライフを楽しむ余裕も生まれてきました。

バイキングネプチューン
バイキングネプチューン
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また,変わったところではリバークルーズも楽しいものです。2 年ほど前の,アムステルダム (オランダ) からライン・マイン・ドナウ川を経由してブタペスト (ハンガリー) まで,約 2,000km におよぶ河船 "バイキングネプチューン" の旅は,またオーシャンクルーズと違って,間近で移り行く両岸の美しい風景に安らぎを覚え,周辺に散在する歴史を刻んだ石畳の旧市街の散策など予想以上に素晴らしく,是非もう一度は体験したいものです。

船旅は,特に造船業に関与されたお方なら,一層心に打つものがあるに違いありません。最近は,ダイヤモンドプリンセスを始め大型客船も続々と建造され,乗船費用も驚くほど廉価なクルーズが出現しています (勿論,条件によって費用が変わりますが)。また,色々なクルーズに関する数々のノウハウについても,クルーズ雑誌や本,旅行社パンフレット,インターネットを通じて容易に調べることができるようになりました。また,よく耳にする退屈という二文字も,クルーズには程遠い存在です。

クルーズは,非日常的なロマンチックな時間の中で,すべての雑事から開放され大海原に心身をゆったりとゆだねながら人間本来のリズムを取り戻す,つまり,楽しく命の洗濯ができる,そんな舞台を演出してくれるものと言えるかも知れません。また,「定年後の人生もまんざら捨てたものではないぞ!」という新たな活力を与えてくれるものではないかと思います。

最後に,パシフィックヴィーナスに乗船した際,本船のドクターの西丸様から頂いた "人生はクルーズに似て" という言葉で締めくくりたいと思います。なお,読者の皆様の中にたくさんのクルーズ情報をお持ちの方がおられると存じます。今後,情報交換他よろしくご厚誼の程お願い申し上げます。

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