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ポーランド滞在記

九州大学大学院工学研究院 豊貞雅宏

日本学術振興会の特定国派遣研究者として 2004 年 9 月 10 日より約 40 日間ポーランドに滞在する機会を得た。先方の身元引受人は,AGH (ポーランド鉱山大学 : 日本的にいえばポーランド工科大学) の Malgorzata Skorupa 教授である。彼女の夫も材料力学の教授 (元 AGH 工学部長) であり,AGH のあるクラコフ (Krakow) 市の名士である。

聖マリア教会内部
聖マリア教会内部
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聖マリア教会内部のステンドグラス
教会内部のステンドグラス
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クラコフはかつてのポーランド王国の首都で,第二次大戦で奇跡的に戦災を免れ街全体が世界文化遺産に指定されている,いわば "日本の京都" といった町である。丘の上に華麗な姿を見せるヴァヴェル城や旧市街をはじめ,数々の教会等中世の歴史と芸術をそのまま現代に伝えている。クラコフの中心となるのは中央市場広場。目の前にそびえ立つのが聖マリア教会で,中世から修復せずに現存するステンドグラスがあることで有名である。

週末の夜には各教会や修道院でモーツァルト,ベートーベンなどのコンサートが開かれ,クラシック愛好者にはたまらない。中世の建築に響くチェンバロの繊細な音色は柔らかく,やさしく心に響き,また聴きたい (あの中世の建物で) と思う今日この頃である。聖マルチン教会でのチェンバロとヴァイオリンのデュエットを聴きに行った時,日本の留学生に出会った。チェンバロやピアノのプロをめざして日本からクラコフにやって来る留学生が案外多いことを知って驚いた。中央広場のすぐ西には,中央ヨーロッパで 2 番目に古い大学,コペルニクスが学んだことでも有名な "ヤギェウォ大学" がある。また市街地にはダ・ヴィンチ作の「白テンを抱く貴婦人」を所蔵する美術館もあり,市街地のそばにはシナゴーグを中心としたユダヤ人街の町並みがある。今年 60 周年記念で各国要人が詰めかけたアウシュビッツはクラコフ中央駅からバスで 1 時間半ぐらいのところにあり,クラコフはアウシュビッツへの拠点としても知られている。また,マンガ美術館があるというので,漫画がなぜこんなところにと不審に思いながら訪れたが,“マンガ”というのは日本を愛した浮世絵コレクション家のミドル・ネームで,ここからのヴァヴェル城の眺めもすばらしかった。またヴァヴェル城内にある大聖堂内の木製の狭い螺旋階段を細心の注意をはらいながら登りきった,ジグムント塔から見下ろすクラコフ市街は絶景である。クラコフはこのように狭いところに観光スポットが凝縮された綺麗な町である。

マンガ美術館のテラスで休息する筆者,後方はヴァヴェル城    ジグムント塔から見下ろしたクラコフ市街
マンガ美術館のテラスで休息する筆者,
後方はヴァヴェル城
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   ジグムント塔から見下ろしたクラコフ市街
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クラコフでは高級住宅街にある家具付きアパートに滞在した。近くに丘があり,その頂上には要塞跡があり,晴れた日にはクラコフ市街が眺望できる。大家さん夫妻はジャズの大フアンで,ジャズコンサートに招待された。かつてあの有名なルイ・アームストロングとバンドを組んでいたバンジョー奏者を中心としたオールド・ボーイのライブで,ある者は情熱的に踊り,ある者は歌い飲み,私も大いに楽しんだ。

アパート近くの丘の上にある要塞跡    要塞より,アパート群を見下ろす
アパート近くの丘の上にある要塞跡
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   要塞より,アパート群を見下ろす
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ジャズ喫茶でのライブ    ライブを聴きながら大家さんとその知人と談笑する筆者
ジャズ喫茶でのライブ
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   ライブを聴きながら大家さんとその知人と
談笑する筆者
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クラコフ市とその郊外にはトラムとバスが運行され交通の便はかなり良い。抜き撃ち検査に出会わなければ,普通は切符なしでも平気なように思えるが,検査時に切符不所持,または刻印のない切符であれば罰金が約 80 倍で大変なことになる。私は一ヶ月間乗り放題の切符を買ったが,手続きはとても煩雑で助けが無ければ購入は難しかった。抜き撃ち検査に 3 回出くわした。

スロバキアとの国境の一般道路    スロバキアとの国境のハイキングコース
スロバキアとの国境の一般道路
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   スロバキアとの国境のハイキングコース
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ハイキングの途中立ち寄った昔の教会    教会内部の祭壇 (中には普通入れないが,旦那の顔で入れた)
ハイキングの途中立ち寄った昔の教会
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   教会内部の祭壇
(中には普通入れないが,旦那の顔で入れた)
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ポーランドに着いた最初の週末は Skorupa 夫妻の招きで別荘地コルシエンコを訪れた。実は後で分かったのであるが,ここが実質上の夫妻の本拠地であり,仕事のためにクラコフにマンションを持っていたのである。コルシエンコはスロバキア国境に近く,アメリカのヨセミテを思わせる景観で,2,3 時間のハイキングコースを,多くの観光客が楽しんでいた。またポーランドとスロバキアを出たり入ったりする川下りも楽しめた。ポーランドとスロバキアの国境には検問所があり,パスポートを持っていかなかったために,スロバキアの地は踏めなかった。夫妻は近辺の山を制覇している健脚で,歓迎ハイキングは 1 日 7 時間にわたる登山で,にわかハイカーの私には,楽しむ余裕は消え失せ,付いて行くのがやっとだった。そのおかげで,写真に示す昔の教会を見学できた。内部にはローマ法王が数年前にこの教会で説教した時の衣装も吊してあった。しかし,以後のお誘いは,「クラコフをじっくり見たいので」と,お断りした。

滞在中の日程は夫妻に一任した。グダンスク工科大学訪問と造船所見学を主目的として,グダンスクに 3 泊 4 日で出かけた。グダンスク工科大学造船学科の Rosochowicz 教授の出迎えで,空港から直接学科を訪問した。訪問前日に創立 100 周年記念祭典が行われたとのことで,訪問当日はポーランド造船学会が開かれていた。「2006 年はグダンスク工科大学の 60 周年記念」というので首をひねっていると,ドイツ占領時代から数えると 100 周年で,「ポーランドになってからは 60 周年」とのことで,2 年続きで開校祭典が行われる予定らしい。実験室を見学の後,学科で今研究中のレーザー溶接で作成されたハニカム的鋼板の実験結果,ならびにその適用性について説明を受け,批評を求められた。レーザー溶接がポーランドで行われているとは思っていなかったので何処で溶接したのか質問すると,研究そのものはドイツから受託したもので,先方から送られてきたハニカム鋼板パネルの座屈試験や曲げ試験を行ったものらしく,上甲板に適用するためには他に何を調査すべきかが彼らの一大関心事であった。「ハニカム部と板との溶接継手の非破壊検査や,高速負荷時にでも不安定破壊は起きないことを証明すべき」とコメントしておいた。

2 日目は,船型研究所の見学。この研究所は私企業で,グダンスク造船所 (ワレサの出身会社として有名) の新造船の船型試験を一手に引き受けていたとのこと。グダンスク造船所は倒産し今はグーデニア造船所の下請けとなっている。グーデニア造船所からの仕事もやっているが,ドイツの造船所からの仕事が多いとのこと。船型試験だけでなく,船殻関係の研究も最近は行っているとのことであった。

グーデニア造船所より対岸を見る
グーデニア造船所より対岸を見る
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3 日目はグーデニアにあるグーデニア造船所を訪問した。10 年前まではヨーロッパで最大の造船所とのこと。工場見学と建造中のカーキャリアを見せていただいた。水切り場での鋼材ヤードでは鋼材を立ててストックしており,敷地に余裕があるのを感じ取れた。溶接品質は見るからに悪く,手直し工数が多いのではと想像されたが,案内いただいた設計部長と技術開発部長は溶接のことは分からない様子のため尋ねなかった。

一旦クラコフに帰り週末を過ごした後,列車でワルシャワに行った。受け入れ先はワルシャワ工科大学で,お世話いただいたのは航空工学科の Kaniowske 博士であった。破壊力学で有名な Glinka 教授は一時期この科の教授であり,今も非常勤講師として年間 15 日程度講義に訪れているとのことであり,彼が開発した疲労寿命推定プログラムの宣伝を受けるはめになった。このプログラムで計算された結果に対して,その矛盾点を指摘しておいた。

実はワルシャワに行くことが決まってから,九大農学部の橋口教授から E-mail にて,「ポーランドアカデミィ基礎工学研究所の Radinski 教授と会って欲しい」と紹介を受け,Radinski 教授 (部長) と連絡を取り合っている内に,私の研究している疲労の講義をすることになった。橋口教授からは,基礎工学研究所の人は切れ者の集まりで,キュウリー婦人が講演したことでも有名な研究所であると聞かされた。最新情報も入れるべきと考え,大急ぎで日本から計算結果などを送らせ,プレゼン資料を作成した。

午後,基礎工学研究所を訪問し,急遽作成したプレゼン資料をもとに私の疲労の研究成果を講義した。おおよそ 40 名の聴衆の前で 1 時間講義した後,討議が約 40 分,特に発生と伝播を統一した理論体系について,鋭い質問を受けた。研究所側はまだまだ議論したいらしかった。鋭い質問を受けると私も心躍り,嬉しくなるので議論を続けたかったが,航空工学研究所訪問という予定が入っていたので,次の機会にということで別れた。航空工学研究所はワルシャワ郊外,中心部から車で小 1 時間のところにあった。独自の開発テーマは持っておらず,ヨーロッパ連合で現在開発中のエアーバスに関してランディング時の車軸の信頼性評価を担当していた。

次の日は,軍事大学校を訪問した。政府からの予算が減っており,現時点では 6 割ぐらいが民間からの受託研究で人工血管の研究をしていたのが印象的であった。私の専門が破壊力学ということで,島津製の走査型電子顕微鏡や計装化シャルピー試験装置などの説明を受けた。計装化シャルピー試験機では,振動のため荷重を計測することが難しいが,振動に対する配慮は何もされておらず,問題点を明確につかんでいない様子で,日本から技術を学びたいという態度が感じられた。昼には迎賓館で食事をご馳走になったが,以前国際会議でお会いしたワルシャワ大学の破壊力学の研究者も駆け付けてくれ,楽しいひとときを過ごし,夕方ワルシャワ駅から列車でクラコフに帰った。

ポーランドはドイツに占領された後,ソ連から侵略され社会主義国になったが元来王国であり,中世においてはヨーロッパの半分程度を支配した文明国で,ショパンやキュリー婦人などの有名人を輩出してきた。基礎工学研究所での頭の切れる若者達と会って,脈々と優秀な人材が育つ環境をまだ保っているとの感触を抱いて帰国した次第である。

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